夏の終わりと大きなピアス。


“B”はハンドルを握ったまま沈黙をしていた。
「何、黙っているのよ?」
“B”は、そうやって時々、沈黙をすることがあった。
フランスと、マキシム・ド・パリと、バカラが好きなオトナの男だった。
カフェでオーダーするときも「カフェ・オ・レ」ではなく
「キャフェ・オ・レ」と発音していたから、そういうところが
わたしはあまり好きじゃなくなっていたのかもしれない。
トーキョーから田舎に戻ってきた彼は、とにかく会うたびに
田舎での生活の愚痴と、マキシム・ド・パリのコトばかり語っていた。
「ねえ?黙っているならわたしと会っても意味がないでしょう?」
半分、わたしはイライラした口調で彼に言う。
「キミは傲慢過ぎやしないかい?さっき、車から降りて男のコに道を尋ねたよね?
その時、キミはその男のコに何て言った?ねぇ、ボク!自分とたいした年も変わらない
男のコに向かってボクって言ったんだぜ?それから、僕の家に電話をかけてきたとき
僕の母さんにどんな言葉使いをしている?母さんはキミのことヘンに思ってる。
キミのひとつひとつのその言動に傲慢さが現れているのさ。それに僕はピアスが
とても大嫌いだ。なのに、なんだい?その、手のひらくらいの大きさもある派手な
ピアスは?僕に対しての嫌がらせかい?それに・・・。」
“B”が、まだ何かを言いかけたときに、わたしは言葉を遮った。
「もう、いいわ・・・。あなたの生活の愚痴とマキシム・ド・パリの話はわたしも
もうウンザリよ。だったらまたその素敵なお店に戻って仕事したらいいじゃない。
田舎の生活にはやっぱり馴染めませんでした、どうぞもう一度雇ってくださいって!」
わたしは捨てゼリフを吐き出すかのようにそう叫けび、彼の車を後にした。
わたしが傲慢?傲慢ですって?アンタの方がよっぽど駄々っ子じゃないのよ。
以来、彼の顔を見ることはなくなった。
それは・・・わたしがまだコドモだった10代の頃の話。
“B”のことは以来、想い出すこともなかった。
わたしにとってそれほど影響力があったわけでも、共通の友人がいたわけでも
なかったからだと思う。
そして、彼から生きるエネルギーをわたしはもらえなかったから。


今日、銀行で偶然その“B”に会った。
呼び止められて“B”と気がつくまでに数秒かかった。
「ああ・・・やっぱりキミだ!時々、この銀行で見かけたんだけど
違ってたら恥ずかしいと思って、声をかけなかったんだ。
変わったよな?まるで、別人のようだし・・・。」
現在のわたしの仕事や生活について聞かれたけれど、わたしは答えなかったし
わたしも“B”について何も聞かなかった。
必要以上に丁寧なコトバで挨拶をし、わたしは彼と別れた。
皮肉にもわたしは今日とても大きなピアスをしていた。彼はそれに気がついただろうか?
いや・・・彼が気がつこうが、気がつくまいが わたしには興味がない話だ。
銀行のコーナーにあった、出金伝票か何かの裏に彼の電話番号をメモしてくれた
けれど、わたしは今日も明日も明後日もかけることはないだろう。
わたしはキラキラした派手で大きなピアスが大好きだから。
死ぬまでわたしは好きなモノに囲まれて生きたいんだもの。